【3.11 東日本大震災】大川小学校で失われた命と“生きる”ということ

今日は、私の地元・山口県防府市で発生した豪雨災害からちょうど16年目の日。
平成21年7月21日、
突如として降り続いた大雨により、各地で土砂崩れや床下・床上浸水が発生。
当時の光景は、今でも鮮明に覚えています。
「自然災害は、突然に、そして容赦なく人々の暮らしを壊していく」
そう痛感した日でした。
とある映画をみてきました
その記憶がよみがえるようなタイミングで、あるドキュメンタリー映画を観てきました。
タイトルは――
『〝生きる〟―大川小学校津波裁判を闘った人たち―』
平成23年3月11日、東日本大震災が発生。
マグニチュード9.0、想像を超える巨大地震とそれに続く津波。
その津波により、石巻市立大川小学校では、
児童74名と教職員10名の命が奪われました。
- 「地震発生から50分の間、校庭に避難した子供たち」
- 「なぜ逃げられなかったのか」
- 「走って1分もしたら裏山がすぐそこにあったのに」
- 「山に逃げろ!と叫ぶ子供の声を制止した先生。」
親たちは疑問を抱き、苦しみながらも立ち上がり、真実を求め続けました。
映画では、津波裁判を通じて“何があったのか”を明らかにしようとする親たちの姿、
そして、「もう同じような悲劇を繰り返してほしくない」
という想いが丁寧にリアルに描かれていました。
裁判をするにあたり親として、子供の命に値段をつけるということの辛さ。
ただ真実を知りたい、明らかにしたいという親の気持ち。
私でも同じことを何年かかろうとすると思う。
私は親として …
私は親として、
「もし、自分の子どもが…」と想像することが、どれほど恐ろしく、切なく、怒りに似た感情を伴うのかを知りました。
終始苦しかった。
想像を絶していたと思います。
防災教育、避難の判断、学校の対応。
どれも“誰かの命”に直結するものだと、
あの日の出来事が教えてくれているのだと思います。
そしてこの映画を見終わって、娘が一言。

防災士になりたい
自分の命を、周りの命を助けられる存在であるために知識をつけようと思ったそう。
子供防災士という講習があるようなので受けてみようと思います。
映画を見て感じたこと
3.11から10年以上が経ちました。
風化させてはいけない。
伝え続けなければいけない。
そして、“生きている私たち”が、命と向き合い、備え、守っていかなければいけない。
あの日失われた命に、今も祈りを込めて。
「いってらっしゃい」
「おかえり」
は当たり前じゃない。
おわりに
映画『〝生きる〟―大川小学校津波裁判を闘った人たち―』
機会があればぜひご覧になってください。
命を考えるきっかけになります。
日本人として今を生きる私たちが知らないといけない出来事の一つだと感じました。